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2015年 6月 |
ファイナル雑感 | ポール・ジョージがシーズンエンドのケガをした瞬間、今シーズンのペーサーズは終了した訳で、そのまま、今シーズンはオミットしてしまおうかとも思っていたが、ファイナルを観戦していたら、それなりに思うところがあったので、書き留めておきたい。 ファイナル話の前に、ジョージのケガについてであるが、まずは靱帯とか軟骨とかいうようなキャリアにかかわるケガでは無かったのは何よりではある(シーズンエンドのケガには代わりないけど、)。結構重症の骨折だったらしいが、これが工事現場での骨折とかならともかく、バスケットボールの練習中での骨折なので、重症とはいっても、ほぼ完治するであろう。靭帯や軟骨でキャリアを失った選手はたくさんいるけれども、いくら重症でも骨折でキャリアをフイにしたといような事例は記憶にないし、実際、シーズン終盤には間に合っている。 そのジョージの間に合ったシーズン終盤であるけれども、最終戦がグリズリーズ戦じゃ無ければなあ。逆転プレイオフ進出で、また、今年のプレイオフの状況を鑑みれば、ファイナル進出、あるいはファイナル制覇もあったかもしれない。すべては無意味なタラレバだけど。まあ、来季に期待します。 さて、本題のファイナル話であるが、まずは何といっても非常に特殊なファイナルだったと思う。私が過去20年観てきた中では、非常に特殊な唯一の事例である。 その特殊性の一つ目は、キャブスの主力がレブロン以外ほとんどケガをしていたという事。ケガ人過多でプレイオフを勝ち抜けなかったという事例は多々あるけれども、ファイナルまで勝ち抜いたチームがこれほどケガ人過多というのは過去20年で初めてのケースかと思われる。 実際、キャブスの敗因はいろいろあろうけれども、究極の敗因は要するに単純な力負けという事であろう。キャブスはレブロン中心によく頑張ったけれども、最後は矢尽き刀折れての敗戦であった。最終戦終盤のレブロンの表情に悔しさとか屈辱感の見えなかったのはその表れかと思われる。この敗北は、レブロンのキャリアに彩りを加えこそすれ、傷付けるものにはならないだろう。 特殊性の二つ目は、非常に若いチームの優勝であったという点である。私には「NBAは最終的におっさんが勝つリーグである」という持論があるけれども、今回はそれが完全に覆った。これも過去20年で初めてのケースかと思われる。20代中心のメンバーでファイナル制覇したのは、私の記憶にはない。強いて挙げれば、2004年のピストンズであろうが、それもここまでは若くなかったと思う。調べてはいないけれど。もちろん、キャブスが万全の状態だったら、という疑問符は付きまとうけれど。 特殊性の三つ目は、遂に3ポイント乱打チームが優勝したという事である。3ポイントの乱打というもは、ここ10年くらいの大きなトレンドだったのだけれども、なかなかファイナル制覇まではたどり着けなかった。最終的にはペイント内の得点力でファイナルは決着してきた。、もちろん、「キャブスが万全の状態だったら」という疑問符は付きまとうけれども、それでも、この3ポイント乱打チームの優勝には、私は感慨深いものがある。 やっぱり、ルールがおかしいのである。2点と3点というのは、一見すると1点の差でしかないけれど、実際は1.5倍なのである。かつては、同じような事を書いたけれども、ペイント内のシュートパーセンテージを50%、ミドルを40%、3ポイントを30%と仮に設定して、それぞれ10本づつシュートを打つと、ペイント内は10の5で10点、ミドルは10の4で8点、3ポイントは10の3で9点。すでに、ミドルより1点上回ってしまっているのである。 しかも、今私はここでペイント内のシュートパーセンテージの50%と設定したけれども、それは速攻からのレイアップやダンクを加味したもので、センターやフォワードが純粋にオフェンステクニックを駆使して得点するシュートパーセンテージはおそらく30%台だと思う。それよりは、ペリメーターでボール回しをして3ポイントを打つ方がおそらく高確率であろう。 要するに、技術の難易度と得点比率がマッチしていないのである。野球やサッカーのように1点づつ得点するスポーツはともかく、ラグビーやフットボールのような色々な得点のあるスポーツは、その比率を常に調整する必要があるし、また、してきた。 という訳で、この3ポイントの得点比率も、もうそろそろ調整した方が良いのではないかと思う。技術的難易度からすれば、現状の2:3ではなく、3:4、あるいは4:5、下手すりゃ5:6でも良いくらいだと思う。でも、5:6なんか採用しちゃったら、過去の得点記録との整合性が、難しくなる、ちゅうか、無くなってしまう。かといって、2.4ポイントみたいな小数点は有り得ない。すなわち、得点で調整することは事実上不可能である。となると技術の方で調整するしかない。 すなわち、「3ポイント・ラインを下げる」、である。でももうこれ以上下げられないだろ。特に両サイドはもう限界ギリギリだし、つか正面より50センチも近い。そりゃ、両サイドから打ちたがるわな。 で、ここで私は思い切った提案をするが(誰にしてんだ。)、もう3ポイント・ルールは辞めた方が良いと思う。上記したように、3ポイントもペイント内も技術的な難易度はほとんど差が無いもの。特にNBAレベルでは。まあ、3ポイント合戦の方が面白いと言われれば、私は何も反論しませんが。 で、その3ポイント時代の申し子(いや、別に嫌味を言っている訳ではありません。)、ステファン・カリーであるが、ファイナルを制覇したスターPGとしては、それこそマジックとアイザイア・トーマス以来だと思う。マジックとトーマス以降、ストックトン、ケビン・ジョンソンゲイリー・ペイトン、ジェイソン・キッド、ペニー・ハーダウェイ、スティーブ・ナッシュ、デレック・ローズ、クリス・ポール等々、多くのスターPGがあと一歩のところで涙を飲んできた。まあ、キッドとペイトンはそれぞれダラスとマイアミで優勝しているけれども、自身が中心のチームという訳では無かったので考慮しない。あと、トニー・パーカーもスターPGちゃあスターPGではあるが、スパーズは誰がどう考えたってダンカンのチームなので、これも除外。 スターSGやスターCの多くがが、何だかんだで最終的にはチャンピオンリングを手にするのに対し、スターPGの多くはリングを手にできない。このへんはポジションの特性の違いかと思う。PGは本質的に脇役的なポジションなのであろう。 このスターPGの優勝、これがこのファイナルの特殊性の4つ目、である。そして、この4つの特殊性がそれぞれ密に絡み合っているのも、今回のファイナルの面白いところである。解き明かすのも面白いかも。私はしないが。 さて、そのファイナル制覇の立役者、ステファン・カリーであるけれども、今回初めてじっくり見た。その印象はというと、その代名詞の3ポイントは思ったほども無いなという感じである。その確実性から言っても、クイックリリースという点で言っても、レイ・アレンの方が一枚も二枚も上手だと思う。 むしろ、私が面白いと思ったのは、その手に吸い付くようなドリブルである。これが、バスケットボールにとって重要な技術かはともかく、私の好みのドリブルではある。ただ、ボール・セキュリティーという意味ではデレック・ロ−ズの方が一枚上手だと思う。 あと、PGにとって欠くべからざる技術であるパスセンスはというと、これは平凡だと思った。パスの種類自体が少ないし、コートビジョンも悪い。ただ、上記したようにドリブルと3ポイントがあるので、アシストは楽々決まるのではあるが。少なくとも、クリス・ポールやキッドのようなパサーではないと思う。 という訳で、先に挙げたような歴々のスターPGに比べると、力的にはやや劣ると思うが、結果的にはファイナル制覇してしまったので、そういうツキは持っているプレイヤーなのだと思う。デル・カリーの息子という境遇はツイているといえるのかどうかは不明ではあるが。 また、こういう体格・プレイスタイルの選手が活躍すると、「日本人でも云々、」みたいな論調に日本のマスコミはすぐなるが、はっきり言って、この手のタイプは絶対無理。ほぼ不可能といって良いだろう。だって、層が厚すぎるもの。そうして、尋常ならざる運動能力が必要だもの。そんな人間は日本では、まずバスケットボールはやらない。野球かサッカーをするだろう。 日本人がNBAプレイヤーになるとしたら、かつて誰かが云っていたけれども、220センチぐらいあるセンターか、205センチぐらいの身長のあるスポットシューターであろう。「スラムダンク」で言えば神君みたいなタイプである。でも、身長が2メートルあったら、余程特殊なチームでない限り、日本ではセンターをやらされるから、なかなかこのタイプは出てこないであろう。 というか、まあはっきり言って、日本人として生まれてNBA選手になろうと思ったら、高校段階どころか中学段階でアメリカに移住すべきだと思う。谷沢君のように99%潰されるだろうけれども、日本の高校大学に通っていたら、絶対NBA選手にはなれない。田伏君がいるじゃないかという指摘もあろうが、あれは完全にジャパンマネー狙いである。NBA選手としては、箸にも棒にもかからない。正直、この程度の選手が日本では無敵と知って、当時の私はガッカリしたものである。ちなみに、その時、日本のマスコミが田伏君のライバルと設定してたバルボッサは、今回ウォリアーズの優勝メンバー。 で、私は結局、今回の記事で何が云いたかったかのかというと、「何で3ポインター獲らねんだよー。バードの馬鹿野郎。」である。元祖3ポインターであるラリー・バードがなんであんなに3ポインターを毛嫌いするのか、ほんと不思議。でもまあ、もしかすると、上記したようなこのルールの理不尽を誰よりも熟知しているのがラリー・バードその人なのかもしれない。それゆえの反抗か。 2015/7/1(水) |
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