インディアナポリス研究会コルツ部

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2021シーズン

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2025年
まだまだ暑い8月
俺オールプロ  甲子園は沖縄尚学が優勝しましたね。優勝おめでとうございます。

 以前もどこかで書いたが、私は甲子園、とりわけ夏の甲子園はガチガチの守旧派、反動の凶戦士である。何でもかんでも私の子供の頃、すなわち80年代に戻せーーー。

 まず、日程は2週間な。14日間で全日程終了。準々決勝・準決勝・決勝は金・土・日な。雨で順延したら月曜日が決勝戦で登校日(まだ、あんの?)。「早く帰って、決勝戦見よーぜー。」。

 あと、外野フェンスには校名と校章の描かれた看板な。「ボールが見づらい」とかいう理由で外されたらしいが、んなの関係な〜〜〜い。復活絶対希望。

 あと、これは以前も書いたと思うが、1回戦ごとの抽選な。これ、なんで廃止しちゃったんだろ。「日程を円滑に消化したい」等々の時短がその理由なんだろうけど、あっちのが絶対盛り上がんだろーーー。1回戦は東西対決。以降は、各回戦終了ごとに抽選。それのが盛り上がんだろーーがーー。夏はドラマチックタフガイのワイにぴったりの大会なんや〜〜〜。

 あと、スコアボードは手書きな。

 あと、バックネット裏の赤いシャツのおじさん、いなかったな。死んだのか。コラコラ。

 とまあ、いくつか不満をぶち上げたが、今回の大会は「日大三vs県岐阜商」の数イニングしか見ていません。ゴメンナサイ。

 でも、県岐阜商の横山君、見ましたよ。「どんなもんかな〜。」と思って見てたけど、とりあえずバッティングは何の支障も無い感じでしたね。結構いいバッティングしてました。好みの打ち方です。

 さすがに両指となると厳しいかもしれないが、片指、それも後ろの方の指ならバッティングには支障がないみたい。人によっては「指なんか邪魔」っていう人もいるくらいだから、かえって無い方が良いバッティングが出来る、バット操作はしやすいのかもしれない。

 以前どっかに書いたが、バッティングという運動においては腕や手は邪魔、故にその腕や手をいかにうまく使えるかがバッティングの優劣の大きなポイントだと私は思っているので、横山君の左手はバッティングにはかえって有利なのかもしれない。

 でも、もしも、横山君がその後プロ入りして大活躍、その理由は「指の欠損」にあるとなったら、「じゃあ、俺も」とばかりに指を切り落とす奴が出てくるかもしれない。殿馬みたいな事例ね。

 さすがに、それはマンガだけの話だろうが、肉体的な障害がスポーツにおいて有利に働いく事はままある。有名な事例は、「堀内のカーブ」であろう。江夏が冗談めかして嘆いていた。「そりゃ、あんな指してたら、カーブは曲がるに決まってるよ。反則だよ。そりゃまあ、日常生活には支障があるから、そこは同情するけどさ。ピッチャーとしては反則だろ。手術して、指まっすぐにしろっつの。」。

 でも、実際、いや実際じゃないけど、いい変化球を投げるために、指を切り落とす奴、そこまでいかなくても、指を短くする奴が出てきても不思議ではない。いや、勿論、医療倫理的に医師はその手術を拒否するだろうし、実際手術しちゃったら、医療倫理学会で大問題になるだろうけどさ。

 さすがに、そういうのは問題、というか禁止だろうけど、では、「保護具みたいなのは、どの程度まで許されるのだろうか。」っていうのはある。まあ、勿論、野球では全面的に許されないだろうが(「じゃあ、グローブやスパイクは、」という問題はひとまず措く)、パラリンピックだと結構自由にやってるよね。いや勿論、規制というかルールは整備されているんだろうけど、100メートル走とかの足の保護具、というか義足的なものは、もうあれ反則でしょ。あの保護具、ないし義足を調整(?)したら、明らかに健常者より速く走れるよね。そしたら、そちらが真の「100メートル走チャンピオン」になってしまうのだろうか。

 まあ勿論、そういうのは所謂「ドーピング」が禁止されているのだから、当然御法度なんだろうけど、広義に、非常に広義にとれば、一般的な練習や食事療法なども、通常の人間の状態を改造するという意味では「ドーピング」と言えば言えなくもない。一般的な練習や食事療法などにも、何らかの副作用や健康への障害はある訳だしね。とすると、一切の練習や食事療法等々を禁止して、より自然な状態、素のままで競争すべきという事になるだろう。

 まあまあ、それは極論であるにせよ、トレーニングや医療技術の発達に伴い、「それはもはや『改造』じゃね。」という事態が出現しないと言えなくもない。

 例えば、「トミー・ジョン手術」というのは、現状、患者自身の靱帯を移植している訳だが、将来的に「人工靱帯」が開発されて、それを移植したら、楽々球速200km/hのボールが投げられるかもしれない。そしたら、どする。

 そのほか、人工皮膚、人工筋肉、人工肺、人工骨、夢が広がるなあ。男に生まれたら、デストロン怪人になりたい。

 でも、厳しいか。私が子供の頃、それこそ、甲子園で1回戦ごとに抽選してた頃、テレビで義手や義足のドキュメンタリー番組をしばしば放送してた。私は、私が大人になる頃はともかく、じーさんになる頃には、「葵豹馬の両腕」や「テリーマンの義足」が出現していると思ってた。で、もうそろそろ、そのじーさんな訳であるが、「葵豹馬の両腕」も「テリーマンの義足」もいまだ音沙汰無し。皮膚や骨はともかく、神経系統が解明されていないのだろう。

 今度「肘肩論」のところで詳述するが、医学って進歩してないよね。洋の東西を問わず、膨大な、本当に膨大な研究費が注ぎ込まれ、実態はともかく、とりあえず「優秀」と自他ともに認める人々が、膨大な、本当に膨大な時間を注ぎ込んで研究しているにもかかわらず、ほとんどの病気やケガは治らない。ガンや糖尿病というような人命に関わるような重大な疾患に始まり、ハゲや虫歯といった、直接人命にかかわらない病気、あるいは老化も全然治らない。改造人間は夢のまた夢か。

 さて、話は変わって、甲子園、高校野球の記録について、である。

 清原の甲子園通算13本塁打に始まり、高校野球には様々な記録があるけれど、その中でも、難攻不落というか、なかなか達成しにくい、達成者の出にくい記録は「5季連続出場」である。

 つまり、高校在学期間全ての大会に出場するという記録(?)な訳であるが、現状達成者は12人である。ネットで調べると、

 堤達郎(高松商・香川)、1977年〜79年
 荒木大輔、小沢章一、黒柳知至(早稲田実・東京)、1980年〜82年
 桑田真澄、清原和博(PL学園・大阪)、1983年〜85年
 鶴川将吾、梅田大喜(明徳義塾・高知)、2002年〜2004年
 道端俊輔(智辯和歌山・和歌山)、2009年〜2011年
 黒川史陽、東妻純平、西川晋太郎(智辯和歌山・和歌山)、2017年〜2019年

 旧制も数え入れると、もうちっと増えるのであるが、夏が107回、春が97回の歴史のある事を考えると、ちと少ない感じはする。21世紀に入ると、10年で1組ぐらいづつ現われているので、こちらは順当(?)な感じであるが、20世紀は3組6人なので、ホントに少ない。

 ちなみに、ここでの「出場」は「ベンチ入りメンバーに選ばれる」を意味し、これを「実際に試合に出場する」となると、もちっと少なくなるだろう。そこまでは調べてないので、ゴメン。黒柳は出場していないかもしれん。

 また、自身が在学中、野球部に在籍中、野球部が5季連続出場となると、もうちょっと多くなるであろう。先の明徳や智辯和歌山の他にも、大阪桐蔭あたりで達成者はいるかもしれない。ちなみに、立浪・片岡らの世代は2年生の夏は甲子園を逃しているので、そういった意味でも、彼らは「5季連続出場」ではない。

 また、ちなみに、桑田・清原の世代は、PL学園というか、PL教団的に特別な年、アニバーサルイヤーだったらしく、リクルートに特別力を入れた、全精力を傾けた年だったらしい。結局、PL学園入りはしなかったものの、入学直前の合宿には大森も参加していたらしい。

 で、そういう世代であるから、先輩たちにも学校から「あの世代はイジメるな」と釘を刺されていたらしい。それが最高の結果を残した訳であるが、翌年は今度は天理教がやはり何かのアニバーサルイヤーだったらしく、リクルートに力を入れ、結果全国制覇。その世代のPL学園は夏の甲子園に出場できず、という結果。で、次の世代は、捲土重来という訳ではないだろうけど、立浪、橋本らのボーイズリーグ・オールスターとなったらしい。

 まっ、以前もどっかで書いたけど、高校野球に限らず、学生スポーツは、結局のところ、リクルートな訳である。数年前の慶応高校も、「新しい高校野球のスタイルだ」とか騒がれていたけど、結局はリクルートだったらしいしね。

 普通の子を集めて、猛練習、巧みな戦略・戦術、強運で甲子園を制するというのはほぼ不可能だと思う。そんな風に報じられている学校も、調べてみれば、先の慶応高校のように、やっぱりリクルートである。猛練習、巧みな戦略・戦術、強運だけだと、地方予選の決勝・ベスト4ぐらいが限界だと思う。なんとか、甲子園出場ぐらいか。で、そうすると、「あの学校、あの監督のもとでは甲子園に出れる」という事で、良い選手が集まり、全国制覇の道、強豪校への道が開ける訳である。

 話が逸れた。「5季連続出場」である。

 やっぱ難しいんだよね。特に20世紀は、たった3組で、しかも、それが80年代前半に固まっているというのが面白いところである。しかも、うち2組は東京と大阪という、東京は東西に分かれてるけれども、所謂「激戦区」であるというのも面白いところである。普通に考えたら、最も連覇しにくいところである。

 実際、21世紀に入っての「5季連続出場」は、高知と和歌山という参加校自体が少ない地区から生まれている。しかも、明徳義塾と智辯和歌山はそれぞれ全国制覇クラスの実力校である。それ故、「1年生からレギュラー」は難しくなるけどな。

 そういった意味でも、荒木・小沢、桑田・清原は面白い、特異な事例だと思う。その面白さ、特異性という意味では、「56試合連続安打」と似たところがある。

 そういった点はともかくとして、「5季連続出場」はやっぱ難しんだよな。江川や松坂、ダルビッシュあたりでも出来なかったつうんだから。なかでも、江川は、全国制覇はともかくとしても、「5季連続出場」は出来ると思ってたんじゃないかなあ。まして、栃木県だしね。

 あとは怪童・尾崎か。もし、2年の夏終了後、プロ入りしていなかったら、「5季連続出場」はあり得たかもしれない。予選レベルじゃ、無敵だったらしいしね。まあ、埒の明かない空想ではあるけれど。

 そうして、この手の話題の場合は、やっぱ大谷だよね。あんなスゴイ「エースで4番」がいて、尚且つ「岩手県」なのだから、楽々「5季連続出場」できそうなもんだけど、結果は、2年の夏と3年の春の2回のみ。

 いや、知らんよ。岩手県大会とか東北大会っていうのは、関東在住者には窺い知れない激戦区なのかもしれんけど、大谷翔平という「エースで4番」を擁して、2回出場にとどまるとわ。

 これはちょっと大谷本人に聞いてみたいよね。「二刀流」はどーでもいいんだけど、高校入学時点で、全国制覇はともかく、「5季連続出場」は出来ると思ってたんじゃないかって。


 さて、いよいよ本題の「俺オールプロ'24」である。

 ’25シーズンを目前に控えて、何やってんだって感じであるが、いや今年は、長嶋やアーセイ、叔父さんが死んだり、ペイサーズが快進撃したりで、全然書く暇なかったんだよ〜〜〜。

 そうして、なんも覚えてね〜〜〜。ジェイデン・ダニエルズしか記憶にね〜〜〜。ハリバートンとか選んでしまいそうだ。前代未聞の全ポジション「該当者なし」にしようかとも思わなくは無かったが、とりあえずやってみっか。


 【オフェンス】

 QB:ジェイデン・ダニエルズ(WAS) 順当ですな。
 RB:セキオン・バークリー(PHI) あのラインで17試合なら2005ヤード、走るよね。むしろ少な
                    いくらい。
 WR:ジャマー・チェイス(CIN) ついに覚醒した。
    マリク・ネイバース(NYG) イヤな予感はしてた。
    ジャスティン・ジェファソン(MIN) さすがの安定感。
 FB:カイル・ヨースチック(SF) 長年の功績で、
 OL:イーグルスの面々 1年で復活したか。最強オフェンシブライン。


 【ディフェンス】

 DE:トレイ・ヘンドリクソン(CIN) 遂にサックリーダー。
    マイルズ・ギャレット(CLE) さすがの安定感。キャリア通算も102.5サック。
 DT:ジェイレン・カーター(PHI) やっぱ出てくるよな。
    カライス・キャンベル(MIA) お前、まだやってんだ。
 LB:ミカ・パーソンズ(DAL) さすがの安定感。
    カイル・バン・ノーイ(BAL) 突然の覚醒。いや、お前、そんな奴じゃ、なかったろ。改造か、
                   改造されたのか。
    ボビー・ワグナー(WAS) いや、お前まだやってんだ。さすがの安定感。
 DB:該当者なし


 【スペシャルチーマー】

 K:該当者なし なんかいたような気もするが、忘れた。
 P:該当者なし なんかいたような気もするが、忘れた。


 【三賞】

 MVP:ジェイデン・ダニエルズ(WAS) 順当ですな。
 コーチ・オブ・ザ・イヤー:アンディ・リード(KC) 2.9連覇、おめでとう。
 新人王:ジェイデン・ダニエルズ(WAS) 順当ですな。
 名誉新人王:マーヴィン・ハリソンJr.様(ARI) ねじ込んだ。


 【寸評】

 TEを選ばなかったのは、あの人を選ぶのが飽きたから。ヨースチックも選びたかったしね。FBは萌える。

 LBは、あのザイール・フランクリンの野郎が173タックルでタックルリーダーなんだけど、絶対選ばん。あと、ニック・クロスが146タックル、E.J.スピードが142タックル。って、それもう完全に弱いチームの証だろ。屈辱のスタッツだろ。

 DBは全ポジション「該当者なし」にしちゃったんだけど、ホント分からん。セイフティに関しては、ここ数年何度も書いているが、CBも分からん。素人目にはホント分からん。サッカーなんかも同様らしいが、この手のチームプレイ、とりわけ守備は高度に組織化されて、素人には非常に分かりにくくなってる。分かり易いスターっていうのが、ホントいなくなった。エド・リード、ポラマル、カンバッ〜〜ク。ディオンは、いらんが。

 んなとこかな。来季はがっつり選びたい。

                                        2024/8/24(日)
2025年
11月
補習その7  2025シーズンも佳境に入っているが、ここらでのほほんと「補習シリーズ」と洒落こみたい。

 っつても、前回の記事はほとんど記憶にないので、例によって例の如く、気ままに書き流したい。徒然なるままに日暮し。

 いつかの記事で、ハンドボールやポートボールというような亜流スポーツ(っつたら、失礼か。すんません。)について触れたが、そのひとつ、野球の亜流スポーツであるソフトボール、ではなくキックベースについて。

 キックベースというスポーツは日本に生まれたら、いやアメリカでもかな、何度かはプレイしたことのあるスポーツであろうが、同じような亜流スポーツ、ハンドボールやソフトボール、ソフトテニス、卓球などと比べると、イマイチ盛り上がっていない。いや、盛り上がっているところがあるのかもしれんけど、寡聞にして私は知らない。

 また、子供のスポーツとして同じジャンルであろうドッジボールと比べても、人気はイマイチのようである。ポートボール同様、完全な亜流スポーツ扱いである。

 キックベースに熱中しているのは、森脇健児と森口博子、そうしてオリジナルSMAPだけであろう。SMAPは7人時代もあったというような話を最近ちょいと読んだ。ガセかもしれんけど。

 SMAP人数問題はともかくとして、ポートベースの宿命的なつまらなさについては、どっかで書いたけど、キックボールについては書き忘れていたので、補遺としてここに付け加えたい。

 キックベースが何故つまらないのかというと、ポートボールと同様「簡単だから」であろう。

 ぶっちゃけ(キムタク風に)、ちょっと練習すれば、誰でもホームランである。実際、サッカー選手がプレイしたら、100%とまでは云わないけど、80%ぐらいの確率でホームランであろう。フェンス有る無しに関わらずね。

 結局、「如何にホームランを打ち損ないか」というゲームになってしまうだろう。

 そうして、「ホームランを打たせない」事はピッチャーにはほぼ不可能で(いや、あるの?)、バッター、いやキッカーがホームランを打ち損なう理由はほぼ一つ、「地面の凸凹ぐあい」である。「凸凹の地面で不規則にボールが跳ねて、打ち損なう」、これがほぼ唯一のホームランを打てない理由であろう。サッカー選手が、すなわち、ある程度練習訓練した人が人工芝でプレイしたら、ほぼ100%ホームランであろう。野球というより、ボウリングに近いスポーツである。「ミスした方が負け」、みたいなスポーツである。

 ボウリングの場合は、「ピンの跳ねぐあい」という偶然性もあるが、キックベースの場合は、それも無いから、ホントつまらんゲームになってしまうと思う。

 キックベースを面白くするためには、おそらく「変化球の発明」、それしかないであろう。

 そう、「変化球の発明」がキックベースの救世主なのである。そうして、それはそのまま野球にも当てはまる。

 野球史における最大最高の発見発明は「変化球の発見発明」とよく言われるけれども、こうして考える、すなわちキックベースと比較すると、それがよく分かる。

 もし変化球が発見発明されなければ、ピッチャーはどこかの段階で、バッターを打ち取る事を諦めたであろう。どんなに球速を上げたところで、限度があるからである。同じ人間である以上、ピッチャーが投げるボールをバッターは必ず打ち返せる。

 分かり易いのはテニスであろう。ラケットとバットの形状の違いはあるが、どんなに球速が上がっても、必ず打ち返せる。空振りという事は無い。ものすごい至近距離、例えば5メートルほどの距離でも、必ず打ち返せるであろう。打ち手の動きに合わせて、腕を振れば良いだけだからである。動きが見えないと、さすがに打てないだろうけどな。

 さすがにサイヤ人とか出てきたら話は別だけど、遺伝子的に同じ人間ならば、人間の投げるボールを人間は必ず打ち返せる。

 故に、ピッチャーは自力で打ち取る事をほぼ諦め、打たれる事前提のピッチング、打たれる事前提の戦術になるだろう。まさしく、語源的な意味での「ピッチャー」「ピッチング」である。ピッチャーが打たれて、あるいは打たせて、野手がそれを何らかの形でアウトを奪うという、原初的な野球の戦術となるだろう。というか、そこから劇的に進歩はしなかった。あるいは、現行の野球とは別の方向に進歩、あるいは進化した野球になっていただろう。それが面白いかつまらないかは分からない。

 ただ、現実の野球は変化球が発見発明されたために、ピッチャーはバッターを自力で打ち取る事が可能となり、「ピッチャーvsバッター」という個人競技的側面が強くなり、野手はその他大勢的な扱いとなり、「ホームランか三振か」が野球となってしまった。

 実際、変化球を禁止したら、野球は劇的に変化すると思う。あと、ホームランな。これも禁止したら、面白いと思う。フェンスを越えたら、フェアゾーン、ファウルゾーンに関わらず、全部ファウル扱いにするのである。ピッチャーはバッターに打たせ、バッターはフィールド内にボールを弾き、野手たちはそれを何らかの形でアウトにするのである。現今のメジャーリーグ・コミッショナーの切望する「アクション」が野球に戻ってくるのではないだろうか。

 今、「面白いと思う。」って勢いで書いちゃったけれども、面白いかつまらないかは保証しない。とりわけ興行的成功失敗は絶対保証しない。たた、個人的には、そんな「ベースボール」、言葉の正しい意味、語源的な意味での「ベースボール」は見てみたいと思う。今の野球は「ホームランボール」だもんな。面白いかつまらないかは保証しないけどな。しつこい。

 さて、本題に入るか。

 って、何だっけ。あっ、そうそう、Jリーグね。Jリーグの悪口ね。

 Jリーグというと、昨今話題になっているのが、所謂「税リーグ」、「Jリーグ関連事業に多額の公金税金が注ぎ込まれている」という事であるが、私はこの件についてはさほど悪感情は抱いていない。なぜなら、それらは県知事や市長町長、県議会市議会町議会、すなわち首長が押印し、議会を通過している、すなわち「民意」を得ているからである。

 勿論、そこに何らかの汚職があれば話は別だけど、そういう話は伝わっていない。民意を得て、法律に則って、税金が使用されている、あるいは活用されているのだから、何の問題も無いであろう。

 「Jリーグ」を利用して、町おこしなり村おこしなりをしようとした訳である。その結果の正否善悪はともかくとして、その法案政策が認可された時点では、それを願っていたのだから、その点について、いまさらとやかく言っても仕方がない。その時点では、それが正しいと信じて行動したのだから、そこを否定していては、我々は何もできなくなってしまう。あらゆる行動は、誰かさんの言葉じゃないけど、最終的にはギャンブルである。

 勿論、過去を反省して、今後どうするかについては、それは好きにすればよいと思う。私は、サッカーやJリーグ、町おこしや村おこしには全然関心が無いので、それについての意見は無い。

 また、「国税も投入されているのだから、それは全国民の関心事だ。」という意見もあるが、地方交付税的なものも当然、国会を通過している、すなわち「民意を得ている」のだから何の問題も無いであろう。地方自治体が自由に使えるお金を国庫から交付するというのは、ごく自然な政策法案である。よほど特殊な財政理論でもない限り、これに反対する事は出来ないだろう。

 ただ、この一連の「税リーグ」関係の報道やネット上の議論を見て、私がちょいと思ったのは、Jリーグあるいは日本サッカー協会のロビイストとしての優秀性である。

 日本サッカー協会が非常に優秀なロビイストである事は前々から知ってはいた。

 例えば、日本の体育教育のカリキュラムに必ずサッカーがある事、あれは何故だか知っているかい。

 日本では野球が最も人気のあるスポーツなのに、なぜに体育の授業に「野球」はなく、「サッカー」が必ずあるのか、それも小学生から高校生まで一貫して必ず「サッカー」がカリキュラムに含まれているのか、私は、それこそ子供の頃から一貫して不思議だった。

 後に、それは日本サッカー協会のロビー活動の結果だという事を山際淳司の著作から知った。それも相当昔、もしかしたら戦前くらいのロビイスト活動の成果であるらしい。

 バスケットボールも同様の事が云えるが、これも同じくロビー活動の結果だと思う。別に調査はしてないけど。

 一方で、人気のナンバー1、ダントツナンバー1の野球は、私が子供の頃は一貫してカリキュラムに含まれていなかった。ごくたま〜〜〜にソフトボールをするくらいである。
 人気ダントツナンバー1に胡坐をかいて、日本野球協会的なものは何らロビー活動をしてこなかったのだろう。今現在どうなっているかは知らん。

 そうした日本サッカー協会のロビー活動の最大の精華が、何と言っても「Jリーグの設立」なのであろう。

 でまあ、一連の「税リーグ」関連の記事で私は初めて知ったのであるが、今にして思えば、当然の事なのであるが、至る所、政界財界の至る所に、日本サッカー協会の息のかかった人がいるのである。日本サッカー協会ののロビイストとしての努力実力をまざまざと思い知った。そりゃ「税リーグ」になる訳である。

 そういった日本サッカー協会の息のかかった人のひとりに河野太郎がいる事も今回初めて知った。

 そうして、「いいとこ目付けてんな」と思った。

 ああいう二世議員、いや二世だか三世だか四世だか知らんけど、あの手の家業議員っていうのは、とにかく実績を欲しがる。理由は一つ、「親の七光り」的な事を云われるのを異常に嫌うからである。「自分はこの家に生まれたから政治家になったのではなく、実力で政治家になったのだ。」と何が何でも証明したい。

 その為には、どうしても「実績」が必要である。そこをロビイストに狙われるのであろう。まさしく、イチコロである。もとより政治的信念や政治的野心がある訳ではない。たまたま政治家の家に生まれ、やりたい事も無ければやるべき事も無い、情熱も才能もないただのノンポリはロビイストの格好のターゲットであろう。どんな政策でも受け入れてしまう。政治的信念も政治的野心も無いからだ。

 そのひとつの典型が河野太郎であり、極致は安倍晋三だろう。

 安倍がかつて所謂「北朝鮮拉致問題」に取り組んでいると知った時、私は驚いた。この問題を完全に解決するには、「戦争」しかないからである。「この人、この家業議員に戦争をする覚悟や胆力、度量があるのかな。」と私は訝しんだ。というか、それ以前に、「こんなトンデモナイ問題によく首をつっこっむな。」と驚いた。いや、感心した。

 それでも、数人、何人かは帰国できたのだから、完全解決とまでは云わないまでも、成果はあったと言えるであろう。安倍晋三の功績である。ジェンキンスさんに関しては、「どの面下げて」って気もしなくはないがな。

 ジェンキンスさんはともかくとして、こんな調子でロビイストの標的になる続けるのが家業議員の宿命、お仕事なのだろう。けったいな人生ではある。

 ちょいと話は逸れたが、そういったロビー活動を熱心にしないと生き残れない、飯を食っていけないのが、日本サッカー協会、いや多くのスポーツ関連団体なのである。スポーツマン、とりわけアマチュアスポーツマンの多くが政治家に転身しがちなのは、ひとつにはこの理由がある。自身の生活という側面を強いだろうが、自身の所属するスポーツ団体のためという側面も強いであろう。

 ちなみに、ロビー活動に熱心なのはスポーツ関連団体だけではないからな。他の、というか、ほぼ全ての業界団体もロビー活動には熱心だからな。文明生活を送る上には政治と無関心無干渉という訳にはいかないのだ。

 そうした日本サッカー協会のロビー活動のひとつの成果、大きな成果が「Jリーグ」な訳である。

 「Jリーグ」というと、プロスポーツ団体のように思われるかもしれないが、建前上はともかく、実体はプロスポーツ団体とは云えないだろう。本質的に興行を目的、すなわち金銭的成果を目的とした団体ではないからだ。

 では、何を目的とした団体なのだろうか。

 Jリーグ設立時によく謳われていたのは、「ワールドカップに出場するため」である。80年代の日本サッカー代表は、いいところまで行っても、ワールドカップ出場を逃してきた。とりわけ、韓国に痛いところで負けてきた。その韓国のサッカーリーグは既にプロ化していた。故に、「プロ化しないとワールドカップに出場できない」という金科玉条が出来た訳である。

 この金科玉条を掲げ、日本サッカー協会は各関連団体にロビー活動を仕掛け、「Jリーグに設立」に漕ぎ着けた訳である。で、実際、ワールドシリーズに出場した。「プロ化しないとワールドカップに出場できない」という金科玉条は、多少の疑問は残るもの、正しかったとは云える。「多少の疑問」とはすなわち、「プロ化しなくても、ワールドカップに出場できたのではないか」であるが、その議論はいい。無意味であるし、もはや証明も出来ないであろう。

 ただ、「プロ化しないとワールドカップに出場できない」、すなわち「ワールドカップ出場」が「Jリーグ設立」の目的であったならば、その目的は達成されたのだから、速やかにJリーグは解散すべきであろうという理屈も成り立たなくはない。その主張を避けるためか、その後は「ワールドカップ、ベスト8」とか「ワールドカップ、ベスト4」とかを目標目的に変更している。「ワールドカップでベスト4に入るためのJリーグ」である。

 でもまあ、当然ながら、そんな議論は誰もしない。なぜなら、「Jリーグ設立の真の理由」を誰もが知っているからだ。「プロ化しないとワールドカップに出場できない」という建前で隠した本音である。すなわち、「俺らサッカー選手もサッカーだけで暮らしていきたい」である。

 勿論、日本リーグ時代でも、トップレベルの選手、日本代表クラスの選手の実態が「プロ」であったことは火を見るより明らかであろう。名目上は会社員、アマチュアであるけど、事実上、ほとんど「本業」はしない。朝9時から夕方5時まで働くことは無い。無論、残業もしない。実質は、クラブ活動、すなわちサッカーが「本業」である。プロとはいえないが、アマチュアとも言えないであろう。セミプロといった感じである。
 ちなみに、私はこのセミプロ、すなわち日本の社会人スポーツが大嫌い、徹底的に軽蔑しているのであるが、それへの誣告は別の稿に譲ろうと思う。何かの機会に爆発するであろう。

 こういった実態は、サッカーのみならず、バスケットボールやバレーボール、陸上競技等々、更には野球も含めて、皆同様なのであるが、野球選手を除き、この手の社会人スポーツマンの不満ないし希望はただひとつ、「プロ野球選手のような生活がしたい」であろう。

 「プロ野球選手のように大金を稼ぎたい、同じスポーツなのにプロ野球選手だけズルい。」というのが、彼らの不満であり希望であり本音である。

 その受け皿が「プロ化」なのである。Jリーグに続き、バレーボールやバスケットボール等々、多くの社会人スポーツが「プロ化」したけれども、これが、当然ながら、唯一の理由である。そこには、もはや「プロ化しないとワールドカップに出場できない」というような金科玉条、建前は無い。しれっと「プロ化」している。

 その証拠、という訳でもないけど、その特徴のひとつは、その各プロスポーツの組織団体のほぼ全ての仕事を元プレイヤーが担っているという点である。

 Jリーグはチェアマン、各チームの球団社長、その他諸々の職、ほぼ全てが元プレイヤーである。それは、バレーボールやバスケットボール等々、ほかのプロスポーツ団体も同様である。それは大相撲ですら同様である。

 モギリや警備員あたりはともかくとして、団体の長や球団社長的なものまで元プレイヤーに担わせるのは、マイナスの方が多いのではないかと思う、彼らの多くは40歳近くまで、所謂「実社会」の経験のない人達である。そんな人たちに、会社経営的な「実社会」を担当できるのであろうか。私は大いに不安である。特に、Jリーグ各チームの無精ヒゲ社長を見ると大いに不安になる。なかには茶髪ロン毛までいるからね。いや、「いた」かな。

 ちなみに、プロレス各団体もかつては元プレイヤーが社長や要職を務めることが多かったのであるが、最近は陥落した。無理だという事がはっきり分かったのであろう。元、あるいは現役プロレスラーなんでビジネスマンは相手にしない。契約の対象にはならない。

 そういった不安、あるいは不能があるにもかかわらず、多くのプロスポーツ団体が、要職をはじめ、各職を元プレイヤーに担わせるのか。理由は簡単である。ただひとつしかない。プレイヤーに仕事を斡旋するためである。そもそも、そのための「プロスポーツ団体」なのだから、当然であろう。元プレイヤー以外に仕事を与えたら、何の意味も無い。「プロスポーツ団体」の存在意義に関わる。

 そんな中にあって、唯一の例外的な「プロスポーツ団体」、それは、当然のことながら、「プロ野球」である。

 「プロ野球」は、スカウト的な役職を除き、ほとんどの職が外部である。オーナーや球団社長、コミッショナーは無論の事、営業部長的な役職も、基本的には外部である。元プレイヤーはほぼいない。そういえば、日本ハムはかつて、三原や大沢を球団社長にしてたな。そういった意味では、当時から日本ハムはちょっと変わったオーナー企業、先進的なオーナー企業だったとは云える。

 そういった一部の例外を除き、「プロ野球」の要職、いや一般職でさえも、原則的には外部の人間が就き、元プレイヤーではない。長嶋茂雄にしても、終身名誉監督であり、決して球団社長、オーナーではない。まあ、長嶋の社長やオーナーは不安だらけだろうけどな。

 何故か。理由は簡単である。「プロ野球」はプレイヤーの就職のための組織ではないからである。「プロ野球」はあくまで営利集団、野球を観客に見せる事により、金銭を得るための集団、組織だからである。プレイヤーは職員や労働者ではなく、商品なのである。例えは悪いが、動物園で云えば、園長や飼育員ではなく、動物なのである。作業着姿の飼育員ではなく、可愛いパンダ、あるいは強そうなトラ、優雅な孔雀なのである。

 以前もどっかで書いたと思うが、「プロ野球」は正力松太郎が新聞の売り上げ向上のために作ったコンテンツである。

 当時の新聞で、最もかはともかく、人気のあったコンテンツは将棋である。ところが、将棋は名人戦を毎日新聞に抑えられている。また、高校野球、すなわち甲子園は朝日新聞と毎日新聞に抑えられている。

 それらに代わる、あるいは対抗できるコンテンツが正力は欲しかったのだろう。そこで、アメリカで流行っている「プロ野球」に目を付けたのだと思う。幸い日本においても、高校野球大学野球、いずれも人気がある。そのスター選手、すなわち卒業した元スター選手達を集めて「プロ野球」を組織すれば、きっと人気コンテンツになる筈だ。そう考えて、正力松太郎は「プロ野球」設立に奔走したのだと思う。

 勿論、それだけが理由の全てではないだろうけど、読売新聞の人気コンテンツ、看板コンテンツとして「プロ野球」を企画したのだと思う。

 そこで、「プロ野球」を組織するためのオーナー企業、親会社を募った訳であるが、毎日や中日といった新聞社はともかくとして、その他の親会社には「プロ野球」を経営する事、あるいは、した事の利はあまり無かったと思う。

 まず、各鉄道会社だけど、阪神、阪急等々、結局のところはどこもうまくいかなかったと思う。故に、阪神以外は、身売りというか、経営権を手放すこととなった。

 その諸悪の根源は都心部に球場を作ってしまった事だと思う。あれだと、球団自体はともかくして、鉄道会社にはあまり利は無い。都心部なんて、球場があろうがなかろうが、普段の通勤通学の足として、利用客は当然いるに決まってるからである。その土地は、それこそ百貨店にでもすべきだったろう。百貨店の方が、当然ながら、球場よりはるかに利益を出すからである。今はともかく、当時はな。

 鉄道会社による球団経営は、以前にも書いたが、堤義明のやり方が理想的教科書的であったろう。それは今でも変わらないと思う。

 ちなみに、国鉄が最初に手を引いたのは当然の話である。市街地開発なんて、国鉄の主務ではないからだ。今のJRはともかくとして、当時の国鉄の主務、最重要課題は、日本全土に鉄道網を敷く事、とりわけ新幹線を日本全土に布く事であろう。球団経営なんてしてる場合じゃない。金田には悪いけどな。

 また、当時、「プロ野球」に参加した親会社、オーナー企業の中で最も割を食った、というか大失敗したのは、松竹や大映、東映といった映画会社であろう。自分たち映画会社の宿敵、いや大敵、いや天敵といっていいテレビの超強力コンテンツの設営強化に手を貸してしまったのである。悔やんでも悔やみきれないだろう。敵に塩を送るどころの話ではない。敵にステーキ、それもサーロインステーキを極旨ソース付きで送ってしまったようなもんである。

 昭和30年代のオヤジどもは、仕事が終わったら、映画でも見て、寝た。貧乏な金の卵たちは、貸本屋で借りたマンガを読んで、寝た。昭和40年以降のオヤジと若者達は、テレビでナイターを見て、寝た。 

 長くなってきたので、私もナイターを見て、寝よっと。次回は、来年かな。

                                     2025/11/23(日)
2026年
2月
補習その8  いつぞやの記事で、「1987年、夏の甲子園決勝の宮本・立浪は野球史上唯一の名球会コンビの三遊間だ。」みたいな事を書いたのだけど、よくよく考えてみたら、あれはレギュラーサードの深瀬の負傷欠場による副産物的なもので、謂わばアクシデント的な「名球会コンビの三遊間」である。

 と考えると、5年10年といったレギュラー的なものでなく、アクシデント的、チーム事情的、あるいは興行的な理由での「名球会コンビの三遊間」なら、プロ野球にもあったのではないかと思い至り、ちょいと考えてみた。

 まず、真っ先に思いつくのは、「サード長嶋・ショート王」である。さすがに、これは無い。王は左利きだしね。いくら興行的な理由でも、これは無い。これなら、「サード長嶋・ショート堀内」の方が実現性は高そうである。実際、こちらは計画くらいはあったかもね。

 ちなみに、これからずらずらプロ野球選手の名前を列挙するが、いちいちチーム名は記さない。各自推察してちょ。

 で、次に思いつくのは「サード衣笠・ショート山本」である。これも、さすがに無いな。浩二は大学時代からの外野手だし、いかなる理由でも、この三遊間はあり得ないであろう。一方で、「サード衣笠・ショート高橋」のスターコンビの三遊間は、これは何試合もあるであろうが、残念、高橋は名球会ではない。

 上記二者に比べると実現性が高そうなのは、「サード野村・ショート広瀬」である。これは、もしかしたら、数イニングはあったかもしれない。「ショート広瀬・ファースト野村」は確実にあったろう。でも、「サード野村」は厳しいかな。

 これら三者以上に実現性が高そうなのは、「サード有藤・ショート山崎」である。

 これはさすがにあるだろうと思って、ちょいと調べてみたら、残念、なんと有藤がオリオンズに入団したその年、山崎はセカンドにコンバートしてた。前年までショートを守っていたのだ。年齢も近いし、山崎がそのままショートを続けていたら、まず間違いなく「プロ野球史上最高の三遊間」であったろう。惜しい、本当に惜しい。

 ただまあ、そうはいっても数試合は、チーム事情的な理由で「サード有藤・ショート山崎」はあったろう。まあ、山崎がショート断固拒否してたかもしれんけどな。

 同じオリオンズで、これもありそうなのが「サード有藤・ショート落合」である。これはあったのかなあ。数試合数イニングくらいはあったのかもしれん。逆に「サード落合・ショート有藤」も無くは無いであろうが、これは有藤のプライドが許さないであろう。「落合は名球会ではない」とか言わないよーに。

 同じ80年代だと、候補としては「サード清原・ショート秋山」というのも無くは無さそうであるが、石毛もいるし、あの堅い森が、興行的な理由でも、このような布陣は許さないであろう。

 更に時代が下って、2000年前後。

 まずは「サード立浪・ショート福留」である。これなんかはそこそこの試合数がありそうであるが、福留がショートを守っていた当時、立浪は主にセカンド、稀にレフト、みたいな感じであって、「サード立浪・ショート福留」はほとんど無かったようである。惜しい。

 かえって、「サード立浪・ショート荒木」の方が多そうであるが、荒木がショートにコンバートされた時は立浪の引退後なので、これもほとんど無いであろう。残念。

 同時期、この立浪絡みより多そうなのは「サード小笠原・ショート田中幸雄」である。この三遊間はそれなりの試合数があったと思う。ただまあ、ここは、この両者に片岡・広瀬を加えてポジションをぐるぐるしていたので、案外少ないのかもしれない。

 詳細は調べられないので残念であるが、小笠原がサードを守るようになった時期から、ショート田中はほとんどなくなっているので、もしかしたらほとんど無いのかもしれない。あっても、数イニング止まりなのかもしれない。

 これら二者より確実に多そうなのは、「サード小久保・ショート井口」である。これは確実に何試合もあるだろうけど、調べてみると微妙に被っていない。ショート井口時代は、小久保にケガが多かったためか、あまりサードは守っていない。サード小久保が本格化するのは、井口のセカンド転向後である。ままならん。

 また、同時期、ちょっとありそうな気がしたのが「サード和田・ショート松井稼頭央」であるが、これはさすがに無いみたい。内野手は一塁のみみたい。1イニングくらいないのかなあ。同じく「サード中村・ショート松井」「サード中村・ショート中島」もあるけど、中村と中島の両者は名球会じゃないんだよねえ。あと、中村・松井は被ってないしね。ただ、中村が将来的に名球会入りすると、「サード中村・ショート浅村」はあったかもしれん。

 また、これはおそらく数試合あったと思われるのが「サード石井・ショート内川」である。内川というと外野手のイメージが強いが、入団当初は典型的な「大型ショート」であった。

 この逆、「サード内川・ショート石井」もあったかもしれない。ただ、いずれにしても、石井はキャリアの晩期、内川はペーペーの時代なので、「名球会三遊間コンビ」というイメージは無かったであろう。

 つう感じで、意外に無いんだよね。数試合数イニングくらいはあったのかもしれんけど、シーズン丸々は、ほぼ無い。微妙に被らない。「有藤・山崎」とか「立浪・福留」とか「小笠原・田中」とか「小久保・井口」とか微妙にチップ。ヒットしない。

 かくして、残念な心持ちで名球会リストを見ていたら、新井貴浩に目が留まった。カープの新井さんである。野村と被っているかなと思いきや、これもちょうど入れ替わりみたいな関係で、新井がサードに入ったその年に、野村がショート陥落である。ままならぬ。

 と、そこで思い立ったのが阪神・新井である。鳥谷とのコンビで、と思いきや、これがビンゴ、2009,2010,2011の丸々3シーズン「サード新井・ショート鳥谷」で両者ともに素晴らしい成績を叩き出している。特に鳥谷はキャリアハイといっても良い数字である。

 はい、決定。この「サード新井・ショート鳥谷」が日本プロ野球史上最高の三遊間コンビで〜〜〜す。

 両者のキャリアスタッツ、そうしてコンビを組んだ期間のスタッツは申し分ない。とりあえず「実」においては、間違いなく史上最高の三遊間コンビであろう。異論の余地は無いと思う。

 ただ、「名」の方となると、私自身にも微妙な心持ちはある。あるにはある。

 「日本プロ野球史上最高の三遊間コンビ」となると、普通に名前が挙がるのは「長嶋・広岡」とか「中西・豊田」であろう。彼らに続くのが「三宅・吉田」「衣笠・高橋」といったところであろう。「ボイヤー・山下」はさすがに厳しいか.。

 ここで、「新井・鳥谷」の名がパッと上がる人はそんなにいないと思う。新井さんはカープのイメージが強いしね。いや、いるの?。21世紀のプロ野球ファン、あるいは阪神ファンにとっては常識なの。「ふざけんな、おんどりゃ〜〜。」みたいな声も聞こえなくはないが、私にとっては意外な、調べてみて初めて分かった意外な結論であった。

 スミマセン、新井さん、鳥谷さん、21世紀のプロ野球ファンの皆様、及び阪神ファンの皆様、いつぞやの記事で「名球会コンビの三遊間はいない」とか言って、大変申し訳ございませんでした。私が無知でした。新井・鳥谷コンビが日本プロ野球史上最高の三遊間です。ここに断言致します。

 ちなみに、メジャーリーグだと、A・ロッド・ジーター・コンビで即決なんだよねえ。おそらく対抗馬はいない。他だと、マイク・シュミットやカル・リプケンJr.絡みで何かあるのかな、メジャーリーグは意外に三塁手が人材難だよねえ。外野手はスーパースターがうじゃうじゃだけど。

 また、二遊間でも同じような企画ができると思うが、ヒマな方はどうぞ。僕はしません。名球会コンビはいないかもしれんよね。普通に考えたら、「石井・ローズ」だろうけど、思わぬ強敵がいるのかなあ。次点は、「荒木・井端」「マルカーノ・大橋」あたりか。
 
 さて、本題の「補習」である。今回は、プロスポーツチームの経営について考えてみたい。

 まずは、単純に経営事情を概算してみる。

 プロスポーツチームの収入の基本は、なんといっても入場料である。プロスポーツチームとは、スポーツを観客に有料で見せる事により収入を得る商売である。

 仮に入場者数を1万人としてみる。そうして、平均入場料を5千円とする。すると、1万人×5千円で、5000万円というのが、この1試合の総収入となる。そこから、必要経費を差し引いたものが、プロスポーツチームの利益、あるいはプロスポーツマンの利益となる訳である。

 必要経費は色々ある。まず単純に会場使用料、そうしてチケット印刷代、広告料、更にはプレイヤー以外のチームスタッフの人件費等々、多岐にわたるであろう。

 それらを仮に1千万円とする。それを総収入の5千万円から引く、すなわち5千万円−1千万円の4千万円が、このプロスポーツチームの上がり、純益となる。

 その4千万円を、総チームプレイヤー数、計算しやすくするために、それを40人としたら、4千万円÷40人、すなわち100万円が一人当たりの利益、収入となる訳である。それを年間50試合こなすと、100万円×50試合、すなわち5000万円がそのプロスポーツマンの年収となる訳である。

 で、現役期間が10年ならば、5000万円×10年、すなわち5億円が彼の生涯獲得賃金となる訳である。年50試合としたけれど、ビジター分も合わせれば、年100試合を1年こなして、5億円。悪くない商売、仕事であろう。これはプロスポーツとして成立していると云える。

 ありとあらゆるツッコミが聞こえてくる。「そんな概算、意味がない。」と。さよう、意味はない。私はこの手の職に就いた事が全然でないので、これはあくまで概算、いや妄想にすぎない。色々見当違い、皮算用があるだろう。また、一口にプロスポーツといっても、その種類やレベルによって、様々に異なるであろう。この概算、妄想は無意味である。

 まず、収入をここでは入場料に限っているけれど、その他グッズ収入があるだろう。いまや版権ビジネスは花盛りである。状況次第では、入場料を超える収入になるかもしれない。ならないかもしれない。

 そうして、もうひとつ、プロスポーツには大きな収入源があるが、それは後述する。

 一方、支出をここでは単純に20%としてしまったけれど、これはもっともっと多いのかもしれない。ちなみにプロ野球では、選手年俸は総収入の20%ほどらしい。すなわち、この妄想概算とは逆の関係である。

 色々と経費が掛かるのだろう。これらは実際の経営者、オーナーに聞いてみたいところである。それこそ三木谷オーナーあたりに聞いてみたい。「予想より多かった経費、少なかった経費は何ですか。」と。

 意外な盲点になっているのが「選手養生費」だと思う。

 「選手養生費」というのは私が今ここで粗製した言葉であるけれども、要するに、選手年俸や給料の他に選手の維持や育成に必要な経費である。

 ベタなところで言えば、選手寮や練習場の建設や維持費、あるいはボール、ユニフォーム等々の備品代(?)、更には選手の移動の際の交通費宿泊費等々である。これらが意外にバカにならないと思う。

 あと、忘れてならないのがキャンプ代。選手やスタッフも含めて100人近い人数の1ヶ月以上の宿泊費や練習場使用料、これは億に近い出費となるだろう。一昔前みたいにタコ部屋に押し込む訳にはいかないだろうし、1人100万円くらい掛かっているんじゃないかなあ。

 あと、盲点としてスカウト費用があると思う。単純にスカウトに払う人件費があるだろうし、スカウトは日本中、あるいは世界各国を旅する仕事でもある。その交通費宿泊費もバカにならないであろう。

 こういう「選手養生費」というのは、プロスポーツ独特の経費だと思う。従業員の維持管理にこれほどの経費の掛かる商売は他にないと思う。例えば、従業員が高額報酬という意味では病院も同等だろうが、病院が医師に支払うのは給料だけであろう。あとは白衣代くらいか。医療機器は「選手養生費」とは違うだろうし、あとは「スカウト代」的なものとして、コンサルタント費用みたいなのはあるかもしれない。

 そもそもプロスポーツ選手は、建前上「個人経営者」なのであるから、スカウト費用はともかくとして、上記の費用は全部自腹にしちゃえばいんだよな。遠征なんか、球場入りの時間だけで教えて、「あとはお前ら各自、自動車なり電車なり好きに利用して来い。全部自腹でな。交通費をケチりたいなら、歩け。」でも良いと思う。実際、ゴルフは、一部の招待選手を除いて、そんな感じでしょ。

 キャンプも自腹ね。「チームプレイはキャンプで教える。『そんなもん。必要ねえ。』って人は来なくても良い。」。

 それこそ三木谷オーナーが知ったら大喜びしそうな事を書いてしまったが、とにかく意外に経費が掛かるのが「選手養生費」であると思う。

 とまあ、軽く妄想したが、このへんの概算、すなわち入場料収入やグッズ収入、諸経費について概算する事は、ほぼというか、まるで意味がない。なぜならプロスポーツ経営において最も重要な事、いや唯一重要な事は放映権収入、いやメディアのコンテンツ、もっと言えば、メディアの優良コンテンツになる事であるからだ。入場料収入やグッズ収入はさほど需要でない。それらのみではプロスポーツ経営は成立しない。

 それは歴史が証明している。

 当サイトでもたびたび触れているが、人類の歴史上初めて成立したプロスポーツはメジャーリーグである。理由は簡単である。それは当時の最新メディアであり主要メディアであるラジオでも分かるスポーツだったからだ。ラジオでも分かるスポーツでは、おそらく今現在でも野球のみであろう。フットボールなんかはラジオでも放送してるけどな。

 ちなみに、これは今現在の日本でも同様である。数年前、とある事情からラジオをいじってったら、いきなり「ショーアップナイター」が流れてきて、私はビックリした。実に20年振り、いや25年振りくらいに「ショーアップナイター」を聴いた。「いや、まだやってたんかい。」。しかも、解説は江本。実況は深沢さんでは無かったかな。

 そう、今でも、ラジオの世界では「プロ野球放送」は現役、現役バリバリなのである。

 ラジオというと完全に化石メディア扱いであるが、どっこいまだまだ生きている。特に耳が自由な商売、手や目は使用しているけれども、耳を使用していない商売では、まだまだ労働のお供なのである。トラックやタクシーの運転手、床屋等々である。あの世界ではいまだにラジオが流れている。かえって「有線」の方が廃れているように思う。

 ラジオにおける2大コンテンツは、申す迄も無く、「音楽」と「野球」である。ラジオが廃れない限り、この両者も廃れないであろう。いや、「音楽」は配信サービスに押されてるかな。

 ちなみに、サッカーのラジオ放送は、大昔、それこそJリーグブームの頃に一度聴いた事があるが、さすがに「これは厳しい。」と思った。いまでも、やってんのかな。将棋のラジオ放送については、以前どっかで書いたので、ここでは省略。

 メディアのコンテンツになること、それも優良コンテンツになる事がプロスポーツ経営の成否のカギであること、これは日本でも変わらない。

 分かり易いところでは「プロレス」であろう。「力道山のプロレス」と「街頭テレビ」、これは切っても切り離せない関係である。日本のテレビ史における最初の優良コンテンツは「力道山のプロレス」である。これは論を俟たない。

 ちなみに、「女子プロレス」は東京コミックショーの方々によって「力道山のプロレス」より先に始まっていたらしいが、隆盛する、プロスポーツとして成立するのはテレビのコンテンツとして人気を得てからである。

 また、「巨人戦」と「テレビ」が切っても切り離せない関係にある事、これも論を俟たない。「力道山のプロレス」が日本テレビ史上最初の優良コンテンツであるとするなら、「巨人戦」は日本テレビ史上(「放送局」じゃなくて、テレビ界全体ね。)最高の優良コンテンツである。

 また、プロ将棋やプロ囲碁の成立が新聞と関係ある事、これも論を俟つまい。で、昨今の新聞の凋落に伴い、両者、とりわけプロ囲碁界は経営に苦しんでいる。

 というように、プロスポーツ経営の成否のカギがメディアにある事、これは論を俟たない。それは現代のみならず、過去でも同様である。それは背理法的に証明される。近代以前にプロスポーツという商売が成り立たなかったのは、それを放送、あるいは報道するメディアが無かったからである。

 このように書くと、「かつては、社会全体が貧しく、『プロスポーツ』を養う余裕が無かった。」みたいな反論が出るであろうが、それは違う。なぜなら、近代以前においてもプロスポーツ的な商売は成立していたからだ。

 それは広い意味での「旅芸人」的な生き方、商売、生業である。これは、時代、文明を問わず、世界各地で成立していた。歌ったり、踊ったり、お話をしたり、お芝居をしたりして、一宿一飯とまではいかなくとも、いくらかの食料や金銭を貰い、各地を転々とする生き方である。

 現代の芸能人やプロスポーツマンのように膨大な収入を得る事は無く、乞食芸人というくらいであるから、乞食から転化したような生き方、商売であったろうが、それでも十分成立はしていたのである。

 代表例という訳でもないけど、そのひとつは三国志の講談師達であろう。それは唐代どころか隋代で既に存在していたらしいが、三国志の英雄達、関羽や諸葛孔明の話を面白おかしく話し、それで幾ばくかの収入を得て、中国各地を転々とする人たちである。その人たちの話をまとめ、編纂したのが「三国志演義」である。

 そうした人たちの中で力のある者たち、人気のある者たちは、遍歴、すなわち旅を辞め、定住し、芝居小屋的なものを作ったろう。それらが発展し、歌舞伎座やオペラ座となっていく訳である。

 ところが、スポーツの世界にそういう話は無い。その原型的なものは世界史のどこにも、いかなる文明にも見られない。江戸時代の相撲取りはいるけれど、あれは殿様のペット的なものであり、そういった意味では将棋差しや碁打ちと同等の立場である。その興行で生活してる人たちではない。殿様や豪商に養ってもらっている人達である。独立していない。

 このへんの事情の象徴は宮本武蔵であろう。彼は、現代人の目からすれば、剣豪、すなわちスポーツマンの範疇に属する人間であろうが、彼の生活を支えていたのは「剣」ではなく「筆」だったそうである。

 これは司馬遼太郎の説なので真偽は不明であるが、宮本武蔵は剣の修行、あるいは主を求めて、各地を転々としていた時、名主や庄屋といった家々で屏風や襖に絵を描き、それで一宿一飯の恩義という訳でもないだろうが、10日間あるいは1ヶ月ほどの飯と床、そうして幾ばくかの旅費を得、各地を旅していたそうである。「剣技」では飯が食えなかったのだ。

 なぜだろう。理由は色々考えられるだろうけれど、ひとつには「スポーツはそれ自体では分からない、分かりづらい」というのがあると思う。

 一般的な芸、歌やお話、お芝居といったものは一切の事前情報無しでも楽しめる。「きれいな声だなあ」とか「面白いお話だなあ」である。

 でも、スポーツの場合はそうはいかない。仮にルールを知っていたとしても、その動きだけで観客を魅了する事は出来ない。「大谷のホームラン」とか「マイケル・ジョーダンのダンク」とか、その動きだけで人を魅了するものもあるにはあるけれど、それはどちらかといえば、ダンス、舞踏であって、スポーツとは言えない。別のジャンルであろう。

 スポーツ的でありながら、どちらといえば「ダンス」に近い旅芸人、その発展型は、それは恐らく「サーカス」であろう。

 スポーツは勝負である。勝負を見せるのがプロスポーツ経営である。ところが、勝負は情報が無いと分からないんだよね。この勝負に何がかかっているのか、どちらが強いのか、調子が良いのか悪いのか、良い選手は誰なのか、そういう情報が無いとスポーツは楽しめないのだ。ただのダンスと化してしまう。

 スポーツ観戦には情報が必須である。何の情報も無くスポーツ観戦したとしても、最初のうちは日常生活では見られない動きなので、面白いだろうが、いずれ飽きてしまうだろう。そうして、知り合いを応援するくらいに留まってしまう。「父ちゃん、がんばれ。兄ちゃん、がんばれ。」である。それもまた、ひとつの情報である。

 近代以前はその情報を伝えるもの、すなわちメディアが無かったがために、プロスポーツが成立しなかったのである。「スポーツ観戦に情報が必須である事」、その証拠は現代にもある。

 現代といっても、ちょい昔の話であるが、それは日本テレビ(こっちは放送局の方ね。)による「スーパーボウル放送」である。80年代、日本テレビは毎年、スーパーボウルを生中継していた。それなりに宣伝もしていた。でも、ついぞ日本に「NFLブーム」はやってこなかった。幾ばくかのNFLファンを誕生させるの留まった。

 何故か。それは情報が全然無かったからである。スーパーボウルのみを放送したところで、それがいかに派手な、アメリカらしいファンサービスに徹したスポーツ大会といえども、日本人の多くはチームもプレイヤーもほどんど知らない、能力や調子どころか、名前も知らないのである、それではスーパーボウルを楽しめないであろう。

 せめて、プレイオフ全試合くらいは放送すべきだったと思う。いや、一応、深夜にレギュラーシーズンとプレイオフを放送してたけど、所詮深夜である。視聴者は限られる。

 それと対照的だったのはフジテレビの「F1放送」であろう。こちらは日本グランプリのみならず、全戦放送した。しかも、予選まで放送してた(たぶん)。

 故にF1ブームが起こったのである。中島という日本人ドライバーがいた事、またセナという人気ドライバーがいた事も大きいけれども、全戦放送する事によって多くの日本人はF1情報を知ったのである。故に「F1放送」を楽しめたのだ。

 プロスポーツ、というかスポーツ観戦における「情報」とは何か。それはすなわち「アングル」である。プロスポーツに限らず、この手のエンターテインメントを解する時、プロレスやプロレス用語は非常に便利、有益なのはここでも証明される。

 では、「アングル」とは何か。「アングル」は、直訳すると、おそらく「角度」という事であろう。「角度」はすなわち「傾斜」であり、「傾斜」は「モノを転がす」、すなわち「人を動かす」という事であり、それは「動機」である。

 そうして、「プロスポーツ観戦」の場合、動機は食欲や性欲のように自然発生するものではないので、主催者側、プロスポーツ経営者側で制作、発表してやらねばならないのである。プレイヤーの特徴とか、チームの強さとか、リーグの状況とかを観客に教えてやらねばならないのである。その伝達手段としても、メディアは必須なのである。アントニオ猪木は、常に「アングルを考えろ。アングルを考えろ」といっていたらしいけど、それはつまりそういう事である。

 事程左様に、プロスポーツ経営においては、収入面においても、観客に動機を与えるという面においても、「メディア」が必須なのであるが、もうひとつ、忘れてはならぬ副産物がある、それは「広告」である。

 一般に「広告」というと、広告主がテレビや雑誌、新聞等々のメディアに「広告費」を支払って、放送あるいは掲載してもらうものであるが、ひとたびメディアのコンテンツとなるや、タダどころか、「放映料」あるいは「掲載料」という形で金銭を得ながら、「広告」をして貰えるのである。こんなオイシイ話は無いであろう。

 しかも、テレビCMは1分ン億円みたいな世界なのに、コンテンツになれば2時間3時間放送してもらえるのである。しかも、各スポーツニュースもセットである。んで、も一度繰り返すが、それをお金を貰いながら、それも莫大な金銭を得ながら、放送してもらえるのである。こんなオイシイ、オイシ過ぎる話は他にないであろう。

 実際、プロ野球の広告効果は膨大なものである。

 例えば、「阪神」がある。この名は、おそらく90%以上の日本人が知っているであろう。それが関西の鉄道会社の名称だと知らなくとも、名前くらいは多くの人が知っている。

 その「阪神」、今軽くウィキで調べてみると、大手私鉄では「相鉄」の次に営業キロが短いらしい。「阪神」と「相鉄」の鉄道会社としての規模は私には分からない。でも、両者の知名度は雲泥の差である。

 「相鉄」の名は関東在住者でもほとんどの人は知らないのではないだろうか。神奈川県民でも西部に住んでいる人の中にはその名を知らない人がいるかもしれない。まして、全国的な知名度は10%以下であろう。

 また、かつてパシフィックリーグに所属していた関西3球団「近鉄」「阪急」「南海」の知名度もそこに由来している事、論ずるまでもない。

 関東に「東武鉄道」がある。ウィキによると、その営業キロは「近鉄」に次いで、大手私鉄第2位であるらしいが、その知名度は「近鉄」の比較対象にもならないであろう。「東武動物公園」の方がまだ有名かもね。

 もっとも、この「近鉄」「阪急」「南海」の名も次第に忘れ去られていくであろう。なぜなら、「西鉄」の名はほとんどの人が忘れてしまっているからだ。私のような野球キチガイならともかく、一般的な知名度は、もう10%を切っているかもしれない。関東在住20代の女性で「西鉄」や「西日本鉄道」を知っている人はどれくらいいるだろう。実際、今ウィキで「西日本鉄道」を調べたら、「ライオンズ」の事はほとんど記述されておらず、最後の方の「過去の事業」の項で言及されているくらいである。九州在住20代女性でも「西鉄ライオンズ」を知らない人は多いのかもしれない。

 また、70年代には「ヤクルト」「ロッテ」「日本ハム」といった食料品会社が相次いでプロ野球チームを買収した。「ヤクルト」と「ロッテ」については不明であるが、「日本ハム」はその買収時、全国的な知名度はほぼ皆無であったらしい。いまや、90%以上の知名度である。大谷を通して、一部のアメリカ人にも知られている。

 この「プロ野球と知名度」という話柄において、現代人にとって最も親しいのは、なんといっても「楽天」であろう。例の「編入騒動」で、初めてその名を知った人も多いだろう。恥ずかしながら、私もその一人である。「ライブドア」も同様だろう。致命度は、それこそ1%から90%へと暴騰したのではないだろうか。仮にチームを持てなくても、十二分に元は取れた、というか莫大な利益を得たと三木谷オーナーは思ったろう。その日を境にいきなり営業がしやすくなった筈である。

 元プロ野球選手が営業職に就くことが多いのはこれが理由である。営業の敷居が信じられないくらい下がる。普通の人なら、「ちょっと忙しいんで、また今度にして下さ〜い。」なんて断られがちな飛び込み営業も、元プロ野球選手だと相当の高確率でとりあえず話は聞いてくれる。「○○さんじゃないですか。どうぞどうぞお茶飲んでって下さい。」。

 そこから商談を成約までこぎつけられるかは、当人の営業力やその会社の商品力次第であろうが、とりあえず話は聞いてくれる。商談の席には着いて貰える。それが元プロ野球選手の営業である。

 事程左様に、現代日本においては、おそらく最強の知名度を得られ、なおかつ報酬まで得られるというのがプロ野球経営なのである。こんなに美味しい話は無い。チーム経営自体が単体では赤字であったとしても、十二分な効果のある投資といえよう。三木谷オーナーは身に沁みているのではないかな。

 では何故、パシフィックリーグ関西3球団や国鉄、西鉄が球団を手放したかといえば、それは知名度がモノを言いにくい商売だったからだと思う。

 国鉄は無論のこと、私鉄と云えども、あくまで公共交通機関である。競争原理は働きにくい。沿線に住んでいる人達は否応なしにその路線を使わざる得ないであろう。故に、その運賃も原則的に運輸省が管理している訳である。各社が自由に決められる訳ではない。キャンペーン期間中なので運賃3割引きとか無いでしょう。定期券ぐらいはあるかな。「大好きなタレントがCMに出演しているから、今までは阪急に乗っていたけど、今度から近鉄にしよう。」なんて人はいないでしょう。いや、いるの。

 ちなみに、私はかつて、「オレは国鉄沿線には住まない。客層が悪いから。私鉄沿線のみに住む。」という人に会った事がある。JR沿線で暮らしている方、ゴメンナサイ。別に、私が謝る事じゃあない。

 それはともかくとして、鉄道会社は本業以外に不動産開発や、百貨店事業、宿泊業等々、手広く仕事はしているけれども、その本業である鉄道事業は、知名度をほとんど要さない事業である。プロ野球チームを持つ旨味は少ない。

 ただし、80年代の「西武鉄道」「西武グループ」は例外であろう。当時はただの鉄道会社、あるいは土建屋的なイメージの強かった西武グループが、80年代を代表するオシャレ企業へとイメージアップを図るのにライオンズの知名度とその強さは大きく貢献したと思う。もっとも、今やその効能は切れ、用済み感はあるけどね。

 こういった鉄道会社と違って、ロッテ等々の食品会社が今でもチームを保持しているのは、今現在でもその知名度アップに大きく貢献しているのだろう。

 そういった意味では、元々知名度の高い企業、例えばトヨタとかソニーのような会社がプロ野球チームを持つメリットはほぼ無いと思う。実際、そういった大企業がプロ野球チームを買収した事例は無いしね。唯一の例外はあるけどな。

 また逆に、新興企業として業績好調であるものの、世間一般の知名度が低い企業、あるいは世間的な印象の悪い企業にとっては、プロ野球チームは喉から手が出るほど欲しいものであろう。先に挙げた西武の他に、ダイエーやオリックス、ソフトバンクなどは、このパターンである。

 その最も分かり易い事例は、なんといってもDeNAであろう。DeNAとサイバーエージェント、この両社の企業としての格や実力にどういう違いや差があるのかは私には分からない。ただ、現時点における世間一般の知名度は100倍くらいの差が開いているであろう。それは確実である。

 ちなみに、プロ野球チームを買収した唯一の大企業はTBSである。これは、当時のTBSのトンチンカン振りを示す数多のエピソードのうちのひとつである。

 このように考えると、オリジナルでプロ野球チームのオーナーとなった企業の多く、新聞社を除く、映画会社や鉄道会社は、あまりメリットがなかった、オーナー向きの企業ではなかったという事になる。当時の正力松太郎に、そこまで考える余裕は無かったのだろう。また、考えていたとしても、実現できなかったのかもしれない。「プロ野球」自体が海のものとも山のものとも知れない時期だったしね。新聞社の「社会的信用」や、鉄道会社の「安定性」、映画会社の「人気」などの方が重要だったのかもしれぬ。

 というような社会的知名度を得られ、なおかつ莫大な放映権収入、すなわち第2の入場料を得られるという点においても、プロスポーツ経営において、メディアのコンテンツになるという事は必須、いや死活問題といってよい。そこに全てが懸かっている。ジャイアント馬場がいみじくも語ったように、「テレビが全日本プロレスの生命線なんだよ。」。

 と、このように考えると、Jリーグ発足時に、広告代理店や各テレビ局がJリーグを熱心に、というか異様にプッシュしていたのも頷ける。彼らはプロ野球に変わる、あるいは対抗できるスポーツコンテンツを欲していたのだ。喉から手が出るほど欲しかったのだ。

 「かつて、日本では、地上波で連日のようにプロ野球を放送してた。」みたいな事はよく言われるが、これは厳密に言うと異なる。間違ってる。正確には、「プロ野球シーズンになると、日本テレビ(放送局の方ね)が、連日のように巨人戦を放送していた。」である。これが正しい。

 当時は130試合制だったので、ホームゲームはその半分、65試合であるが、この65試合の巨人戦を日本テレビがほぼ独占放送していた。後楽園球場、東京ドーム、各地方球場の巨人軍主催試合、それらをほぼ全て日本テレビが放送していた。もしかしたら、もしかしたら、多少の例外もあったのかもしれない。NHKあたりが東京ドームの巨人戦を放送していたかもしれない。ただ、私の記憶する限り、巨人のホームゲームは全て日本テレビが放送してた。

 で、残りの65試合、すなわち巨人がビジターの65試合を他のテレビ局が分け合う訳である。ただし、教育テレビは、その放送局の性質上、プロ野球放送は無い。また、テレビ東京も、理由は分からんが、巨人戦の放送は無い。少なくとも、私の記憶には無い。ごくまれに、他チームのゲームを放送するくらいである。あと、ジュニア・オールスターはテレビ東京が毎年放送してた。

 という訳で、NHKとTBS、フジテレビ、テレビ朝日が、この65試合を分け合う訳であるが、NHKは1カードか2カードくらいの放送だったと思う。それも毎年ではなかったかもしれない。ここでは、計算を簡略化する為に、年5試合の放送としておこう。

 結果、残り60試合を3局で分け合う事となる。これも単純に三等分という訳ではなく、TBSが最も多くて、残りをフジテレビとテレビ朝日で分け合っていたと思う。ただまあ、ここでは単純に三等分、すなわち20試合づつ3局で放送していたとする。

 「年間20試合」というと、なんだか多いようにも思われるが、シーズンは6ヶ月である。20試合÷6ヶ月は、およそ3試合。ひと月に1カードないし2カードの放送しかないという事になる。

 一方、日本テレビはほぼ毎週、まれに1週間丸々放送が無いという事もあろうが、2週続けて放送無しは、ほぼ無いであろう。

 で、その「巨人戦」は化け物コンテンツである、当時、ビーチたけしがオールナイトニッポン等々でよく嘆いていた。「ウラが巨人戦だからなあ。数字採れねえだろうなあ。でも、いんだよ、巨人戦だったら、言い訳きくからさ。これがアニメとかに負けたら、シャレになんないよ。サザエさんとからドラえもんなら言い訳きくけど、ズバットとかに負けたら、シャレになんないよ。言い訳きかないよ。」。固有名詞は私の創作です。ツッコまないよーに。

 日本のテレビ史上最高の優良コンテンツは、間違いなく「巨人戦」である。すなわち「長嶋茂雄放送」である。これほど長期間にわたって、安定的に高視聴率を稼ぎ出したテレビコンテンツは他にない。瞬間的短期的なら、「紅白歌合戦」とか「ウルトラマン」とか、「巨人戦」以上の高視聴率を出したコンテンツはあるだろう。でも、30年以上にわたって常時20%の視聴率を獲得していたコンテンツは他にない。しかも、毎週ではなく、ほぼ毎日放送だからね。まさしく、化け物コンテンツである。いや、あった。

 ただまあ、その旨味は、上述したように、ほぼ日本テレビが独占している訳である。また、かつては、その「巨人戦」に対抗しうる強力なスポーツコンテンツであった「プロレス」は、90年代に入ると、見る影もない。完全な斜陽コンテンツである。それに代わる、という訳でもないが、何らかのスポーツコンテンツを、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、そうしてテレビ東京を加えた民放4局は喉から手が出るほど欲していたであろう。

 その時期、強力に売り込んだのが日本サッカー協会の「Jリーグ」だった訳である。んで、あの狂騒。

 たが、結果的には「Jリーグ」はテレビコンテンツとしては、ワールドカップ関係を除いて、箸にも棒にも掛から無かった訳である。「巨人戦」どころか、「力道山」にも「アントニオ猪木」にも、「F1」にも「青木・尾崎・中島」にも遠く及ばなかった訳である。いいとこ、「南海vsロッテ」程度のコンテンツだった訳である。

 以下次回。

                                     2026/2/22(日)

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